若ゾウ対談──うつ病になるまえにIT業界と縁を切る

日本のIT業界は労働集約型で革新的なチャレンジ精神は失せている。 メンタルヘルスにダメージを与えるブラックな要因が多いのも否めない事実。 多重下請け構造は如何ともしがたく、開発業務は上から下へと丸投げされる。 景気変動によって業績が悪化すれば末端の下請けが真っ先に切られる。 報酬は能力よりもかかった時間で決まる。


点線の引いてある語句に注意を払いながら読みすすめてみてください
仕事、
辞めることにしました。
もう限界です。

限界?
うーん‥‥やっぱりあれか、
この業界特有の多重下請け構造の悲劇か。

ええ、まあ‥‥
それだけじゃないですけど。
たまりにたまってって感じで。

たまりにたまっていよいよ‥‥か。
何年いたんだっけ?
いまの会社。

12年です。
2003年に入りましたから。

おー、
うちの娘が生まれた年じゃないか。
ずいぶん長いな。

はい。
いい経験をさせてもらいました。
社長にも、会社にも、
とても感謝してます。
ぜんぜん恨みとかないです。
これはもう
日本のIT産業の構造の問題だと思いますから。
ただ‥‥もう限界なんです。

惜しいな。
おまえほどの腕がありながらな。
才能あるのにな。

やめてください。
どうせ上から丸投げで降ってきた仕事を
下に丸投げするだけなんですから。
才能なんてぜんぜん関係ないんですから。
ITベンダーはもうつくづくうんざりです。
潮時なんです。
辞めるしかないんです。

潮時‥‥か。
すんなり辞めさせてもらえそうなのか?

知りませんよ
もう自分がぼろぼろなんで、
あとの仲間のことを考える余裕ないです。
ぼくが辞めても辞めなくても、
いつものデスマーチが続くだけですよ。

でもそのキツい環境に
10年以上適応してきたんだろう。

労働条件だけで考えるなら、
いまよりもっとキツいこともありましたよ。
それでもやっていけるつもりでした。
あいつがくるまでは‥‥ね。

あいつ‥‥ってどいつ‥‥?
あぁ、
もしかして例のイケメンのコンサルタントか。
西山とかいう‥‥。

キクゾウさんに向かってこんなこと言いたくないんですけどね、
ぼくはね、
コンサルタントっていう人種が大嫌いなんですよ。

ああ知ってるよ。
別にわたしも好きでコンサルタントを名乗ってるわけじゃないけどな。
他に言い様がないっていうか‥‥。

わかってます。
コンサルタントが悪いわけじゃないですから。
だいたいウチの社長は、
ITのことなんてよくわかりもしないのに、
世話になった人の紹介だからっていう理由だけで、
素人同然のコンサルを三顧の礼で迎え入れる。
それで過去に何回もひどい目にあってるっていうのに、
まだ懲りないんですからどうかしてます

耳の痛い話だ。

いまさら変われないんですよ、ウチは。
コンサルタントがどんな正論を吐いたって、
無理なもんは無理なんです。

この展開はわたしが予言したとおりだろう。
キミんとこの会社は、
ユーザーから言われたとおりのものを言われるがままに作ることで、
工数に比例して請負金額が膨らんで安定的な売上高を保つモデルだった。
日本のITベンダーにありがちなパターンだな。

そのとおりです。
創造性のカケラもない
会社が人財教育にお金をかけることもないし、
新しい技術を学ぶ場も時間もない
請負っていったって実態は派遣ですよ。
入社していきなり九州や四国に何か月も滞在させられる
中国と日本を行ったり来たりさせられるヤツもいます。
先端技術どころかとんでもないガラパゴスで、
労働集約型産業の見本みたいになってしまってる。
そりゃ辞めますよ。

ああ‥‥、
長いあいだご苦労さんってとこかな。

辞めるなって言わないんですか。

言わない。
IT業界で12年は長い。
もっと早く辞めたほうがよかったと思うくらいだ。
先進的な技術と独自性を激しく競うクリエイティブな現場は、
もっと人財の流動性が高まらないと活性化しない。

まったくですよ。
この国じゃ、
会社が簡単に社員をクビにできないとわかってるから、
開発者のプライドも失って保身に走る年寄りが増えてきて、
イノベーションを起こすなんてできっこないんですよ。
‥‥あ、
すいません。
人のこと言えませんでした、ぼくも。

眠れてないんだな。

え?‥‥ええ。
いまのプロジェクトに関わりはじめてから、
眠れなくなりました。
帰りが遅くて寝る時間がないのは昔っからですか、
ベッドに入っても気が立ってて‥‥

それはいつごろからかな?

もう半年近くになります。
お正月も休めなかったのははっきり覚えてますし、
それよりもっと以前からなので。

だったらその職場からは
もう逃げ出してもいい。
収入の心配はあるだろうけど、
メンタルがやられてしまったら元も子もないからな。
眠れない期間が長引いているならゲームオーバー。
退場命令だ。

ありがとうございます。
さらに吹っ切れます。

キミの会社はもう何年も、
新しいサービスを生み出していないよな。

ウチだけじゃないでしょ。
日本じゅうのITベンダーがみんなそうです。
遅かれ早かれ天罰が下りますよ。
新しいサービスどころか、
ほとんど実質的な価値を生み出してない。
旧態依然とした間接業務のメンテばっかりで、
世界から置いてきぼりを食らってるんです。

ま、たしかにな、
グローバル競争では日本は劣勢だ。

そんな状況で、
西山が2年前に取ってきたプロジェクトが
とどめを刺すことになったんです。

とどめ‥‥ねぇ。
‥‥あーわかった。
官公庁か。
額の大きい役所の案件を元請から引っぱってきたんだな。

お察しのとおりで‥‥最悪のパターンです。
役人は誰も責任を取らないくせに
納期は厳守させられるし、
要件定義になかった仕様は押しつけられる
一時的に売上高はボンと上がるでしょうけど、
現場はむちゃくちゃなことになってます。

要件定義の本番はカットオーバーの当日からはじまる
って、
笑えない名言もあるそうだからな。

デバッグの本番も同じ日からはじまるんですよ。

‥‥
うつ病が続発してるだろ。

ええ、まあ。
はじめからうつ病の予備軍が送りこまれてくるようなもんですから、
続発して当然なんです。
名前は出せませんが省庁関係の現場ですよ。
何日もカンヅメで帰れないんですから、
心は折れるし頭の線は切れるし‥‥

よかったよウチは。
めんどくさがり屋なおかげで、
公共のお仕事にありつけたためしがない。

キクゾウさんの会社は奇跡です。
規模は小さいけど下請けは一切やってないんでしょ。
おまけに公共の案件に手を出さないなんて殿様商売ですよ。
最上流のSIerじゃないですか。
ありえませんよ、
ふつう。

どうも毒のあるほめ方だな。
たしかに上流工程かもしれんけど、
そのかわりドブさらいまでやっとるがな。

ユーザーともめることはないんですか?

いまはもうほとんどないな。
あったとしても謝って許してもらえるレベルだし。
うちの社員はみんな明るくて面倒見がいいのでね。

ITの仕事やってて明るい会社なんて珍しすぎです。
うつ病なんかには縁がないんでしょうね。

メンタルなケアには万全の配慮を心がけてる。
しかも年々充実させてきてる。
それでも一触即発、
つねに意識してないと油断は禁物だな。
デジタルよりメンタルなんだ、
ウチは。

デジタルよりメンタルですか。
なんかそれも時代の先取りって感じですね。

デジタルからメンタルへ、かな?
近ごろの若ゾウは心の折れ方がハンパじゃないからな。
早い、深い、なかなか戻らない。

わたしもそれに当てはまるんでしょうね。
このごろ明らかに変なんで。
突然「わーっ!」とね、
大きな声を出したくなったり、
家にじっとしてられなくなって飛び出していったり、
飛び出しても行くあてもないから夜中に電話かけまわったり、
心が変調を来しているのがわかります。

じっとしていられない。

はい。
統合失調症かもしれません。
すごく不安です。

メンタルな不調にもいろいろあるからな。
これからもときどきこうやってメシ食おうか。

いや、でも、
キクゾウさん、お忙しいんじゃないですか。

さっきも言ったろ、
デジタルよりメンタルって。

あぁ、
わたしは観察の材料ですか。
お手柔らかに願いますよ。

だいじょうぶ。
ブラックなように見せかけて、
ほんとうはめちゃめちゃホワイトだからね(≡^∇^≡)

 彼のこの思考、このボキャブラリー。どこかあなたに似ていませんか?あなたは、だいじょうぶですか?
 ネガティブな若者とのホープレスな会話です。日本のIT業界の体質がにじみ出ていますので、そこも感じ取っていただきたいのですが、ネガティブな環境に折れて心が下を向いてしまった人が、無自覚にどんな言葉を発しているかを、よく観察してください。点線の引いてある箇所が消極的な言葉です。「毒」です。こんな言葉を使っていると心がますます消極的になり、人生はますます暗転します。ネガティブな言葉を使う人が引き寄せるのは、同じようにネガティブな言葉を使うネガティブな仲間です。不幸な境遇です。使うなとはいいません。せめて気づいていてください。
 この国のITベンダーによく見られる傾向として、構造的に労働集約型で革新的なチャレンジ精神は失せています。多重下請け構造は如何ともしがたく、開発業務は上から下へ丸投げされるパターンが常態化。メンタルヘルスにダメージを与えるブラックな要因が多いのも否めない事実でしょう。景気変動によって業績が悪化すれば真っ先に切り捨てられるのは末端の下請けです。
 システムの料金は、能力よりも開発に要した時間(一人が一月にこなす量)で決められる人月計算のため、仕事がヘビーな割に、やりがいが見出しにくい側面もあります。今回の若者は、偏差値の高い、一流大学を出たエリート技術者です。退職を機に180度の心機転換を図ってもらいたいものです。ただし、うつ病は決して会社や業界のせいでなるものではありません。