中小企業を選ぶという生き方

学生の就職活動も終盤の季節、大企業から内定をもらって喜んでいる学生が目につく。 大企業が中小企業にくらべて楽なわけはないんだが、やはり「保証」が大きいから安心なのか。 中小企業を選んだら、人生、いったい何がちがってくるというのか。 池井戸潤「空飛ぶタイヤ」にはそのヒントが満載だ。

「空飛ぶタイヤ」三段活用

>相手が中小企業だと思って舐めんなよ
カッコよかったねぇ~、
仲村トオル
思い上がった大企業のボケナス相手に、
いちいちケンカ腰になるのは大人げないとしても、
こう怒鳴りたくなる気持ち、
よくわかります。
感情移入しすぎて泣けすぎるシーンの連続でしたね(。・・。)
「空飛ぶタイヤ」
っていう、
WOWOWで放送されたテレビドラマの話です。
原作は池井戸潤の同名小説(2006年)。
三菱自動車工業による、
悪質きわまりないリコール隠し問題をモチーフとしたストーリー展開。
実際のリコール隠し事件では、
現実に2件の死亡事故が発生(2002年)しています。
わたしは先にドラマを見ましたが、
まだ見てない人、
さっそくTSUTAYAで借りてきてください。
そしてまず1回、
ふつうに見てください。
のんきに先入観なしに楽しみましょう。
ただし「これは大げさな作り話」と思わないように。
このドラマは、
若いみなさんがこれから体験する現実の社会とほとんどいっしょ
だと思ってもらいたい。
2回めは、
職場を選ぶなら大企業か中小企業か‥‥という目線。
もっと細かくいうと、
あなたがもしこれから自由に自分の立場を選べるとして、
それぞれの登場人物のどの人生を選ぶだろうか
‥‥という目線で見てみる。
大手の自動車メーカーの重役も出てくるし、
歯車のような社員も出てきます。
会社を辞めてフリーランスで働く女性も登場するし、
公務員(警察)という役もある。
それぞれが抱える人間としての「弱さ」にフォーカスしながら、
あなたならどの生き方かと真剣に選んでみる。
そしていよいよ3回めは、
ふつうじゃない見方をしてみましょう。
中小企業の社長になるとはどういうことか。
自分がもし赤松社長(この物語の主人公)の立場に置かれたとしたら‥‥
の視点で見てみる。
そして原作も読んでみる。
そんな味わい方を、
ひつまぶし的に3段階でやってみてほしい。

「組織」ってなんなの?

中小企業vs大企業
‥‥っていう構図は、
あとからドラマ化された「下町ロケット」も同様、
池井戸作品の十八番です。
中小企業の汗くささと大企業のいやらしさが、
バツグンな対比で描かれてます。
そして言うまでもなく、
中小企業に勇気と元気を与えてくれる応援歌になってる。
大企業の傲慢さやズル賢さをコキ下ろす。
そこが痛快なんですが、
弱者と強者の対立軸に目を奪われすぎて、
自分自身のスタンスってもんを忘れないように。
あなただって、
社会の中で何らかのキャラクターを演じています。
組織の中で役割を担っている。
それはあなた自身の選択の結果です。
選んだ自覚がなくても選んできたし、
これからも選び続けます。
学生さんたちの就職活動が終盤にさしかかるこの季節、
大企業から内定をもらって大喜びしている学生が目につきます。
大企業が中小企業に比べて楽だとはちっとも思ってませんけど、
やっぱり「保証」が大きいから安心なんでしょうかね、
中小企業vs大企業

構図を、
いやでも意識してしまうことの増える季節です。
有名で安定した大企業に採用が内定した学生のみなさん。
とりあえずおめでとうございます(ё_ё)
もしかしたらあなたは、
ホープ自動車の沢田のような人生を歩むかもしれません。
激戦を勝ち抜いて大手金融機関に決まったみなさん、
ま、よかったですね(ё_ё)
あなたはホープ銀行の井崎のようなポジションに立たされるかもしれませんのでね、
このドラマを他の人たちよりもいっそう楽しめるでしょうね。
わたしは大企業をあっさりドロップアウトして、
それからしばらく中小企業で働きましたが、
けっきょくは組織になじめずに独立しました。
組織
ってなんなんでしょう?
────────ここから先はネタバレ注意です────────

守られることは縛られること

ドラマの第2話で、
ホープ自動車の狩野常務が、
なかなか融資に応じようとしないホープ銀行の井崎に対して──
>井崎くん、
>キミは組織というものを考えたことがあるか。
>企業は組織だ。
>たったひとり足並みを乱す者がいるだけで崩壊することだってある。
>わたしには、
>ホープ自動車の社員とその家族、
>数万人の生活を守る義務がある。

──っていうシーンがあるんですが、
どこまで勘ちがいしてるんでしょうか、
この御仁は。
狩野を演じているのは國村隼
極悪っぽいコワさを醸し出すことにかけては当代随一。
それが最後に墜ちていく姿もまた痛快なんですが、
ま、しかし一般的にも、
大企業の中で使われる「組織」の意味あいは、
中小企業のそれとはちがうようですね。
‥‥っていうか、
組織をどう定義づけるか
それこそが中小企業と大企業の決定的なちがいである気がします。
組織が大きいと、
その大きさゆえに所属していることの安心が生まれるんでしょうけども、
きっちりそのぶんしんどくなります。
守られることは縛られることでもあるわけですからね。
縛られてカタにはめられて、
その息苦しさに精いっぱい抵抗しながらやっていく‥‥。
沢田の選択はそんな感じ。
でも、
大きな組織の人間がみんなそうではありません。
守られることをアテにしていない人たちももちろんたくさんいる。
ドラマの中で超カッコいいのが杉本。
ホープ自動車品証部、
ネットワーク管理者の杉本恭子です。

原作では関西弁コテコテの男性ですが、
ドラマでは尾野真千子が扮する銀ブチ眼鏡のサイバーな女性です。
最初は冷た~い感じでヒンヤリ登場しておきながら、
実は正義の味方、
リコール隠しの証拠品を確保する決定的な存在。
まぶしすぎるL(・o・)」
その杉本が第2話で、
沢田と小牧を呼び出して3人で密談するシーンがあります。
ビューティフルドリーマーに構造的な欠陥があることを、
沢田と小牧、そしてわれわれ視聴者が初めて知らされる瞬間です。
部屋の外から覗き見するようなピーピングちっくなカメラワーク。
ここでの演出はたまりませんC=(^◇^ ;
これ一発で尾野真千子にホレてしまったわたしは、
現在公開中の映画「探偵はBARにいる2」もすごく楽しめたんですけど、
えげつない関西弁をラフにまくしたてるバイオリニストの役。
そっちもええよねぇ~(≧m≦)
‥‥って、
すいません脱線です。
ただのエロおやじに戻ってしまいました。
え~っと、本題は‥‥
中小企業の社長になる
とはどういうことか、
です。

零細会社の社長でよかった

ドラマ前半の赤松運送はもう過酷の一語。
絶体絶命の倒産危機
大企業の連中にはコケにされ、
徹底的にナメられる。
被害者からは訴えられるし、
銀行からは貸し剥がし、
子どもも学校でイジめられて家族まで崩壊の危機。
かなりエグいんですけど、
いったん信用を失った会社には
このくらいのことはあたりまえに起きる。
>あんたにはわかんないだろうが、
>中小企業っていうのはいつも
>そういう崖っぷちを歩いてんだ!

──と、
これはドラマの第2話で、
ホープ自動車の沢田が新しい部品を赤松運送に持参したときの、
赤松社長のセリフ。
思わず拳を握りしめて応援してしまう、
仲村トオルの演技が圧巻の傑作シーン。
はい、そうです。
崖っぷちを歩いてるんです、
わたしたち。
それをキビしいとかコワいとか、
そんなふうに受け取るか。
だからこそ鍛えられて大きく成長できるんだと取るか。
大企業の方々とは、
鍛えられる箇所がちがうし成長の実感もちがう。
わたしは零細の社長でよかったです。
最高です。
有名で安定した大企業を辞めて市場原理にさらされていること、
いちどもみじんも後悔してません。
中小企業を舐めんなよ
っていう、
おとなげない心意気はいつでもアツアツのまましまってある。
だから好きでたまらないんですね、
「空飛ぶタイヤ」が。

ともすれば忘れがちなものって?

主演の仲村トオル自身が
いちばん印象に残ったベストシーンとして挙げていたのは、
第4話のラスト、
赤松社長がホープ自動車に乗りこむ場面です。
>この車の場合、
>整備状況を調べる必要なんて
>なかったんだよ!!

──と
絶叫するところから、
もう涙が炸裂して止まりませんよね。
あなたもきっと、
一気に最終回に突入しちゃいましたよね。
でも実は最終回に入っても、
けっこうやきもきさせられるシーンが続くんですけどね、
それをブッ飛ばす爽快感がビリビリ味わえて、
スカーッとシビれましたよね。
いいんです、中小企業。
原作の小説に、
こんなくだりがあります。
 中小企業経営の難しさは、やってみた者でないとわからない。
 取引先や古参社員の離反、売上の減少、コストの増大
──いろいろなことがあった。
そのたびに赤松はまさに血の滲むような努力をしてここまでやってきたのだ。
 社長になってまっさきに学んだことは、
「社長なんてもんはなるもんじゃねえな」ということだ。
こいつは地獄だ。
どれだけ頑張っても、出来上がった決算書をみるといつもトントン。
赤字にならなきゃ“御の字”の世界である。
 しかし、
「こりゃあ運送業で食っていくのは並大抵じゃないぞ」
と思った瞬間、はっとなった。
 親父からそんな愚痴を聞いたことがないと思い出したからだ。池井戸潤「空飛ぶタイヤ」から

さあ、
それでもあなたは、
社長になりたいと言うか。
赤松社長は二代目。
先代社長の病気がきっかけで後を継ぐことになりました。
二代目さんには二代目さんなりの、
創業社長には創業社長なりの地獄があります。
でも、
それを自分にとって地獄にしてしまわないのが肝心なとこ。
誰も守ってくれないかもしれませんよ。
守ってくれるのは、
あなたの信じる神さまだけかも。
でも、
誰かに守ってもらうことなんてアテにせず、
誠実に正直に本気でやってたら、
味方がいっぱいあらわれる。
どこからともなく次から次へとあらわれる。
いや実は、
すぐそばにずっといてくれたことに気づかされる。
中小企業家でなければ味わえない幸福があったんだとわかってくる。
いいですよね、中小企業。
赤松社長をずっとそばで支える宮代専務、
彼の存在がまた渋い。
強い会社には強いナンバーツーがいるもんです。
どれだけ追い詰められても、
最後の最後まで社長と苦楽をともにする覚悟の番頭さん。
いいですよね。
忠義
って、
古くさい言葉ですけど、
けして軽んじてはなりません。
義理を欠いたら人間おしまい。
小説の最終章は、
「ともすれば忘れがちな我らの幸福論」
という題。
社長やってて良かったよ。

っていうのがもちろんオチなんですが、
はてさて、
わたしたちが忘れがちなものとはなんなんでしょうね。
見つけた人は教えてくださいな(≡^∇^≡)