中小企業を舐めんなよ

中小企業vs大企業──この構図で大企業の「リコール隠し」を暴く中小企業の姿を描いた傑作「空飛ぶタイヤ」。 絶対に泣き寝入りはしない赤松社長の正義と行動力が胸を打つ。 全責任は自分。逃げ場はない。中小企業という生き方を選ぶなら覚悟しておこう。


売られた喧嘩を買うのか買わないのか。
ま、
いちいち相手になるのも疲れるので、
ふつうは買わないことにはしているんですけども。
「空飛ぶタイヤ」の赤松社長のケースではどうでしょう。
腹が立つシーンはいくつもあります。
やっぱり大企業の連中っていうのは、
何様だと思っていやがるのか、
しばしば中小企業をコケにしたような口のきき方をする。
そういう喧嘩なら、
やっぱり買うかな。
大きい相手が不条理を突きつけてきたからといって、
怒りそのものが正当化されるわけじゃないけど、
泣き寝入りなんていやじゃないか。
噛みついてやろうよ。
「空飛ぶタイヤ」の中でもとりわけ恐ろしいシーンは、
東京ホープ銀行の支店長が、
赤松運送を訪れて全額返済を迫る場面。
銀行の論理とやらを振りかざすのはけっこうだが、
許せないのはその態度、その言い方だ。
いや、
というより、その心の有り様だ。
「田坂さん、あんた、
いまやろうとしていることが
人間としての道から外れているとは思わないのか」
池井戸潤「空飛ぶタイヤ」から

そうも言いたくなる。
組織に魂を吸い尽くされてしまった大企業の連中は、
言われたとおりのことを言われたとおりに伝えることしかできやしない。
相手の心情なんて関係ない。
あいつらは、
心が不感症なんだろう。
ここに出てくる田坂っていう支店長は、
バブル期に不良債権まみれになった支店をまかされて、
不可能といわれた融資の回収で認められたってことらしい。
だからそれがどんだけ立派な実績だっていうんだよ?
それでおまえがどんだけ立派だってことになるんだよ?
たしかに、
こっちの殺生与奪権を握っているのはあんたら銀行かもしれないが、
だからって調子に乗るなよ。
この手合いはほんとうに腹が立つ。
他人事じゃない。
こんなふうに弱い者いじめを楽しんでいるフシのあるヤツっていうのは、
けっこういます。
世の中にうじゃうじゃいます。
さすがにこれほど極端な貸し剥がしのようなめに遭うことはないにしても、
大企業の歯車どもの、
気の抜けたロボットみたいな応対には何度も煮え湯を飲まされてきました。
「金を返せってよ」
「は?」
 一瞬ぽかんとした宮代は、聞き間違いだと思ったらしい。「なんとおっしゃいます?」
「融資を全額返済しろと、そういいやがった」
「どういうことです」
 事情を説明した赤松の胸に迫ってきたのは、地面の底が割れるような怒りと悔しさだった。
「もうこれ以上悪いことなんかないと思っていたが、間違ってたらしい」
 青ざめた宮代は、降って湧いたような厄災にうろたえていた。
「どうします、社長。いま銀行にそんなことをされたら──」
「これは喧嘩だ」
 赤松は自分に言い聞かせるかのように吐き捨てた。
「敵は大ホープ。それでも買うしかない」
池井戸潤「空飛ぶタイヤ」から

赤松社長は喧嘩を買うという選択をした。
しかしこのあと、
最後の命綱だったスクープ記事は出ない。
万事休す
か‥‥。
この喧嘩、
自分だったらどうでしょう。
ここまでの根性あるかな‥‥?
感情的に怒ってるだけじゃあ、
何も前進しない
ことはわかりますね。
ドラマではこのあと、
赤松社長はこの支店長に土下座して融資の延長を願い出る。
喧嘩は買えても、
土下座まではどうかな。
50人の社員とその家族のためなら、
自分のメンツをかなぐり捨てることができるんでしょうか。
怒りを超えるものがあるんでしょうか。
それでもあなたは、
中小企業を選ぶという生き方をするでしょうか。