怒りのコントロール

怒りのコントロール。 近ごろではおしゃれにアンガーマネジメントとも言うらしい。 これは重いテーマだ。怒りっぽい人間は、怒りで人生を失いかねない。 いや、もうすでに大切なものの半分をなくしたかもしれない。 怒りで真剣に悩んでいる人へ、怒りを止める、怒りを消す、怒りをどうにかする方法を教えよう。


怒りのコントロール

どこまでやるか、
もう少し正確に整理しておきたい。
けっきょく怒りは消せるのか。
はっきりしておきたい。
まえに感情を消す話をしたんだけれど、
どうもまだ言い足りない。
なんか、
ごまかしてしまった気がして、
すっきりしない。
怒りは特別だ。
あなたにとってはどうか知らないが、
わたしにとっては別格のもの。
だから、
感情にもいろいろあるが、
中でも怒りについては、
もう少し深彫りしないではいられない。
少し怒りながら話そう。
さあ、
いままた腹が立ってきた。
できればあなたにも
怒りを呼び出してみてほしい。
感情的な怒りのベースには不安がある。
不安という土壌で怒りの感情がくすぶる。
だから怒りっぽい人というのは、
気が小さい人。
弱い犬ほどよく吠える
ってやつだ。
あれがどうなったらどうするんだと気になってしかたがない。
神経が過敏で、
なにがどうなってもすべてだいじょうぶ
──という絶対の安心感とひとつになれない。
そんなことくらい、
言われなくてもわかってるな。
チクショウ、
オレもあんたも弱い犬ってことだね。
キャンキャンうるせえわ。
このサイトを始めるまえの5年間くらい、
うまく怒りをコントロールできていた時期がある。
まわりの人たちへの感謝の気持ちがあふれ、
腹の立つことが激減していた。
>ずいぶん丸くなったもんやな。

まわりから冷やかされて照れくさくなることが増えたほど、
自分にとって、
怒りがあまり問題にならなかった。
そのころは、
修行にも日々熱心に取り組んでた。
安定打坐クンバハカも数え切れないくらいやってた。
思考を止めて静かに想念観察していた。
感謝に満たされてしあわせすぎる毎日だった。
小食も習慣になって、
体重はマックスから13キロ落ちた
かつて読売ジャイアンツの黄金時代を築いた名監督、
川上哲治が言ったとされている(実際はちがう)有名な言葉に
>ボールが止まって見えた。
っていうのがある。
これといっしょ。
心の調子がいいときには、
怒りの球が飛んでくるのが止まって見える。
>あ、
>もうまもなく腹が立つことになるんだね、
>オレは。

って、
すごくゆっくりわかる感じになるんだから、
つまり刺激と反応のあいだのスペースが広くなるんだから、
怒った次にどんな感情表現をしたらいいもんか、
ゆっくり選べるわけだ。
ああ、
もうこのまま温厚な性格に
自分が生まれ変わってしまうのか‥‥


思ったりもした。
そしたらちょっと気が緩んだんだね。
ダイエットと同じで、
心のお手入れにもリバウンドがある。
折しも自社の業績が芳しくなかった。
得意先の倒産や解約が連発。
数字を見るたびに「危機」の2文字が頭に浮かんだ。
そんなときにかぎって
仕事のできないややこしいやつが入社してきたりして、
会社がゴテゴテと混乱した。
Shit!
腹が立つ。
そして‥‥腹が出た。
怒りの復活はエゴの復活。
欲望のコントロールも鈍くなり、
飲み食いが荒っぽくなって太ってしまった。
バカ野郎。
×××××××××××××××××××××××××××××××××
ここから先は、
自分の怒りで苦しんでいない人は読まないほうがいい。
ふだん他人の怒りで苦しめられている人は、
特に読まないほうがいい。
消極的な言葉がたくさん出てきて、
あなたを不愉快にしてしまう恐れがある。

×××××××××××××××××××××××××××××××××
せっかくおとなしくなってたのに‥‥。
毒蛇のようなエゴには、
まだ息があった。
解体の途中で御赦免になり、
そのまま奥深くで生息して傷を癒していた。
──そんな感じ。
タチが悪いんだよ、
わたしの中のエゴってやつは。
キレるとなかなか制御できない。
怒り「抑えよう」としても
うまくいかない。
それははじめからわかってたことだ。
消滅させるしかない。
吹き出してしまってから消すのでもいいけれど、
できれば沸き起こるまえに消してしまったほうがいい。
きれいに成仏していただく。
怒りの主、
エゴは解体する。
そして不安を根絶やしにする。
いいところまで追い詰めたんだが、
最後のところで取り逃がした。
しかし、
方法はまちがってなかったと断言する。
理屈じゃないんだ。
虹色のエクスタシーに全身がつつまれ、
歓喜の渦の中で生きるとき、
怒りはすっかり忘れ去られる。
それがいったいどんな感情だったかさえ、
もう思い出せない。
物心ついたころから、
30年、40年にわたってずっと、
自分と一体、
我そのものだった怒りの感情が、
どこにもなくなってしまった境地に至る。
すべてよし。
どこにも問題なし。
‥‥にもかかわらず、
あるとき何を血迷ったかオレは怒りを選んだ
その瞬間をよく覚えている。
あ、
こんな円熟味のある人格もいいもんだけど、
まだちょっと、
怒っていたいな‥‥と。
もうしばらく、
怒りん坊のオレは怒りん坊のオレらしく、
たまにはブチギレさせてほしいな‥‥と。
そう耳もとでささやいたのはエゴさんだったかもしれない。
わたしはまんまと計略に引っかかったのかもしれない。
それならそれで修行が足りなかったというだけのこと。
とにかく、
もうひとりの自分と相談して決めた。
まだオレは怒る
と。
ちょうどこれは、
それまで肉しか食わなかった野獣みたいなヤツが、
急にベジタリアンに転向して野菜しか口に入れなくなると、
ダイエットが順調に進んで目標体重を達成してしまったので、
じゃあせめて鶏肉だけでも食べていいことにしようかと方針変更し、
また肉を食べることを自分に許そうとする言い訳がましい感覚


近かったかもしれない。
これを執着という。
もうちょっとだけ、
わがまま言わせてくれ、と。
まだオレは怒っていたいんだ、と、
自分が自分に言ったんだ。
いまいましい相手を許す技術も知っているし、
もうぜんぶ許してしまってもいいんだけれど、
もうちょっとだけ暴れときたい。
ガキのおふざけみたいなもんでいい。
ギタギタしていたい。
おとなしくなりたくない。
過去はもうすっかりぜんぶ浄化したんだが、
やっぱり名残惜しくて浄化しきってないゾーンが残っていたのかも。
ただ、
同じ怒るんでも、
以前の怒り方とはちがう。
自分の怒りが見えている。
>ああ、オレ、
>いま怒ってるな。


わかって怒る。
自分が何に腹を立てるか。
何が理由なら怒る自分を自分で許せるか。
そういうポイントをわきまえて、
怒る筋道を通してから怒る。
やっぱり嫌いなんだな、
思い上がったヤツが。
>生活安定してます。
>大きな会社に勤めてます。
>お給料いっぱいもらってます。
>あなたがたとは家柄がちがいます。
>育ちがいいんです。
>子どもたちもいい大学に入れたんです。
>それが規則ですから。

‥‥みたいな。
わたしがブチギレる相手は
だいたいがこういうタイプ。
守られて、
ぼんやりぬくぬく育ってきやがって。
言動の端々に上から目線が臭う。
決められたセリフを決められたとおりにしゃべるしか能がない
操り人形みたいなヤツを見ていると、
赤っ恥をかかせてやりたくなるんだな。
いたずら心が止まらない。
元気よく
ブチッ!
や。
>よっしゃ、今日も元気いっぱい、
>ええ感じや。
>気位の高いこういう中途半端なエリートはなあ、
>ちゃんと指導してやらなあかんからね。
>いつもながら、
>オレは鋭いとこ突くで。
>反論できるもんなら来い。
>ボケが能面みたいなツラしやがって。
>おもろすぎるわ。

罵倒されても無表情なヤツは薄気味悪いけど、
まんざらでもない。
まわりの人には騒音で迷惑かけてるかもしれないけど、
内側ではわりと静かにブチギレてる。
こういう四角四面なルールにしばられた退屈な連中に、
わたしと同じポイントで腹を立てている人は少なくない。
>なんかコンプレックスあるんですか?
って、
きかれたこともあるよ。
そうかもしれない。
わたし自身、
自分の意思とは関係なく、
人並みに受験勉強して、
そこそこいい大学を出てそこそこいい会社に入った。
自分で決めたようで、
自分の意思とは関係なかった。
そんな人生を歩まざるをえないような気になっていた。
わたしが22歳まで親のスネをかじっているあいだ、
親友のKやらSはもうずっとまえから働いていた。
Sは高校を中退、
Kは定時制の高校に通いながら。
なんか申し訳ない気分になると同時に、
自分が世間知らずになっていくような気がした。
実際のところ大学は退屈でしょうがなかった。
わたしみたいなのを地頭(ぢあたま)が悪いっていうんだ。
だからね、
決められたレールの上から初めて脱線したとき、
つまり、
大学を出て最初に入った会社を辞めたとき、
そこでやっと自分の人生を取り戻すキッカケをつかんだ気がした。
でも
しばらくは食えてなかった。
自分のやりたいことがなんだかさっぱりわからないし、
なりたい自分がどんな自分かもわからない。
そんな苦しい時期がかなり長く続いたけれど、
独立して自分の会社をつくったとき、
初めて自分の人生を自分で決めたんだと思うわけ。
いまはしあわせですよ。
100%以上まちがいなくしあわせ。
どうにもこうにも楽しすぎる毎日です。
じゃあなんでまだ腹が立つか?
思い上がったヤツを見ると噛みつきたくなるのか?
腹が立ってもその気になりゃ消せるっていうのに、
なんでわざわざ怒るほうを選ぶのか?
なんででしょうね?
悲しくなるからかな?
一歩まちがってたら、
オレもこいつらみたいな無表情になってたかと思うと怖いしね、
なんだかかわいそうにもなってくる。
気持ち悪いというか滑稽というか情けないというか。
なんなんだおまえらは!
と、
大声で怒鳴らずにはいられない。
でも
そいつらはたいていシラーッとして
>なぜあなたにそんなこと言われなくちゃいけないんですか?
ってな顔をしてやがるもんだから、
あとはもう罵詈雑言、
Vシネマでチンピラが借金の取り立てのときに使うような
お下品なセリフを並べ立てることになるわけですよ。
育ちが悪いのはたしかなのでね。
あんたらの目にはオレは野蛮人に見えるかもしれないな。
よかったよ、そんなんで。
親が中途半端なエリート育ちだと、
子どもももやしみたいで、
度の強いメガネかけて色白で、
>勉強はできますけど勉強しかできません。
って顔してるでしょ。
これはもう
絶望的に価値観が異なりすぎて如何ともしがたい。
ヘドが出そうになりますよ。
ああ‥‥でも、
ほどほどにしとかないと言葉の暴力だけで訴えられるかもだ。
とにかくそんなわけなので、
自分で自分を正当化して、
腹を立ててしまっても反省しないゾーンがある。
ダイエット中なのにガッツリ肉を食ってしまう
のと同じなんですよ、
これは。
だっておいしいもの。
心が執着に負けてるんです。
ベチョベチョにからみとられている状態。
わかっちゃいるけど‥‥
ってやつね。
やせたい気合いが心に充満しているときは、
肉汁のおいしい感覚さえ忘れてしまいます。
>野菜を食べたらやせられるんだよ。
>夢のダイエットがこれでやっと成功するんだよ。

っていうメッセージが絶え間なく発信されると、
野菜以外のものは脳に浮かばない。
暗示の力っていうのはことほどさように大きいんです。
それと同じで、
うれしい、楽しい、しあわせだ、
幸運だ、ありがたい‥‥、
そんな喜びで心が充満してしまうと、
怒りなんて根っから忘れてしまうんです。
やめようなんて思わなくても、
はじめからそこに選択肢がない。
ちなみにわたしはタバコを吸わないんですが、
吸わない人にとってみたら、
タバコをやめようなんていう決心は必要ない。
禁煙に成功して何年も経った人ならわかると思いますが、
吸いたいという気持ちがはじめから湧かない。
我慢はしない
っていうニュアンスを、
わたしがしばしば強調する意味はそこなんです。
セックスを断てば悟りが開けます
──みたいな、
おかしな宗教があったとしてですよ、
たとえそれがほんとうだったとしてもですよ、
いやなんですよ、まだ。
いまはまだ捨てられない。
もうあと何年か経てば、
もういいかなっていう時期が来るかもしれないけども、
まだいやだな。
ね、
そういうことって、
あるでしょ。
お肉も食べたいしセックスもしたい。
それと同じようなもんで、
もうちょっと腹を立てていたいんです、
わたしは。
──とまぁ、
長い話におつきあいいただきまして、
ありがとうございます。
これで怒りを正当化する気は毛頭ありません。
いまは小休止です。
またいずれ怒りと本格的に向きあう日のための、
これは傾向と対策です。
あなたもあなたなりに
怒りのトリセツ(取扱説明書)
ってもんを作っておかれたらいいでしょう。
むやみに自分を責めることはありません。
怒りは完全にコントロールできます。
ここでこんな長文を書いてしまったのも何かのタイミングでしょうから、
わたしはそう遠くない将来、
次はリバウンドのない、
完全なコントロールを達成して報告します。
わたしにできてあなたにできないことはない。
だから、
坐ってください。
とにかく坐るようにしましょう。
1日にたった10分か15分ほど坐るだけのことができないのに、
他のことを計画する意味はありませんよね。
どんなにゆるんでも、
たとえグダグダであっても、
とにかく坐る。
キーポイントは
雑念妄念の払拭です。
ごろっと寝ころんでしまうまえにまず坐る。
いったん坐る。
無念無想
──きのうまでうろちょろしていた心が、
まるで港に錨を下ろしたように、
ずしっと動かなくなる。
「いま、ここ」に心がとどまる。
そうすると客観的に怒りさんが見えるようになりますので、
あとはわりと簡単に扱えますよ。